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「1棟だけ売る」が成立する3つの理由

飲食店の一部業態の売却や旅行会社の部門の売却と比べても、旅館・ホテルの1棟の売却は最も成立しやすいと言われています。理由は以下の3点です。
- 買い手が「施設単位」で買う業界だから
ホテル特化型REIT、私募ファンド、再生事業者、同業の運営会社は、いずれも1物件ごとに投資判断をします。2026年2月に国内REITが都心の大型ホテル1棟を1,260億円で取得したように、売り手が投資ファンドであっても1棟単位で売買される事例が多いです。 - 不動産・許可・温泉権が施設ごとに分かれているから
旅館業の許可は施設ごと、温泉の利用権も源泉・分湯ごと、土地建物も登記ごとに切り離すことが可能です。会社全体に紐づく資産が少ないため、物理的に分けやすい業種となっています。 - 2023年の旅館業法改正で、事業譲渡でも許可を引き継げるようになったから
従来、1館だけを事業譲渡すると、買い手は廃業届と新規許可申請が必要で、営業の空白期間が生じていました。2023年12月13日施行の改正で、譲受人が事前に都道府県知事等の承認を受ければ、新たな許可を取らずに営業者の地位を承継できるようになりました。これが1館売却の実務上の障壁を大きく下げています。
切り離す対象の4タイプ
一口に「1棟だけ売却」といっても、対象によって買い手も売却の形も異なります。

①と②は「旅館業として売る」か「不動産として売る」かの選択があり、③はほぼ不動産取引、④は飲食・小売のM&Aに近い形になります。オーナーは、自社の資産をこの4タイプに分類し、どのような出口戦略が存在しているか、売却検討初期から整理しておきましょう。遊休資産の固定資産税・維持管理費・保険料は、何も生まない出費として毎年積み上がっています。
1棟売却の3つのスキーム

実際にホテル・旅館を1棟だけ売却するには以下の3つの手法があります。
営業を続けたまま渡すなら①、館単位の借入や契約が複雑なら②、そもそも営業していない・再開の見込みがないなら③が基本です。休館中の施設でも、立地が良ければ「旅館業の許可付き物件」として①で売れるケースがあります。廃止届を出して許可を失ってから売るより、許可を維持したまま承継させたほうが、買い手にとって新規許可のリスクがない分だけ高く評価されます。
旅館・ホテルならではの売却に関する注意点

実際にホテル・旅館を1棟だけ売却するには、必ず以下の点に注意しましょう。
① 温泉権の帰属と分湯
自家源泉を本館と別館で共有している場合、別館だけを売ると源泉の権利をどう分けるかが問題になります。源泉の所有権は売り手に残し、別館側に「分湯契約」で温泉を供給する形にするのが一般的ですが、湯量・温度・料金・契約期間を明確にしないと買い手はつきません。共同源泉組合から引湯している場合は、組合の権利(口数)を分割・譲渡できるかを組合規約で必ず確認しましょう。温泉権が整理できない案件は、価格が下がるどころか売却自体が直前で不成立となる可能性もあります。
② 土地の分筆・境界・共有名義
本館と別館が同じ筆の土地に建っている、境界が確定していない、土地が同族の共有名義になっている。旅館では珍しくないこの3つが、1棟売却の最大の障壁となります。分筆には測量と境界確認が必要で、隣地所有者の立会いを含めて3〜6か月かかることがあります。共有名義は、売却前に持分を買い取るか、共有者全員の同意を取り付けるか、どちらかが必要です。売却を決めてから着手すると間に合わないため、売る予定がなくても分筆と境界確定は早めに済ませておくと交渉がスムーズになるでしょう。
③ 旅館業許可の承認申請は「効力発生前」
改正旅館業法による地位の承継は、譲渡人と譲受人が連名で「旅館業譲渡承継承認申請書」を保健所に提出し、クロージング日までに承認を得る必要があります。譲渡実行後の申請は認められません。申請にあたっては、許可取得時の構造設備が維持されているかを確認する保健所の立入検査があり、承継後6か月以内に少なくとも1回の調査が行われます。増改築で許可時の図面と現況が違う場合は、事前に変更届を出しておかないと承認が下りません。
④ 別館の遵法性
旅館は増築を繰り返している施設が多く、別館や離れは特に、建築確認や検査済証がない、旧耐震(1981年以前)で耐震診断がない、消防設備が現行基準に合っていない、といった問題を抱えがちです。買い手のデューデリジェンスで必ず確認され、是正費用がそのまま価格から引かれます。売却前に、建物の図面・確認済証・検査済証・消防法令適合通知書の有無を棚卸ししておきます。
⑤ 共有している機能と従業員
フロント、厨房、送迎、リネン、予約システムを本館と別館で共有している場合、切り離した後に別館が単独で回るのかを買い手は見ます。「本館が引き続き一定期間サービスを提供する」業務委託契約をセットにするか、別館に必要な人員を配置し直すかを事前に決めます。従業員は事業譲渡では個別同意が必要で、会社分割では労働契約承継法の手続きが求められます。
⑥ 税務
土地建物を譲渡すると、簿価と売却価格の差額に法人税がかかります。先代の時代に取得した土地は簿価が極端に低いことが多く、想定以上の税負担になるケースがあります。建物部分には消費税もかかります。一方、遊休資産の売却益を本館の改修に充てる場合、設備投資による減価償却で課税を平準化できることもあります。売却前に税理士と、売却益の使い道まで含めた設計をしておくことが重要です。
1棟売却の価格はどう決まるか|「本館の評価が上がる」二重の効果
不採算館や遊休資産の価格は、事業価値ではなく不動産価値(NOIを還元利回りで割った額、または近隣の取引事例)で決まることがほとんどです。営業していない施設に事業価値はつかず、赤字の館は「再生後にいくら稼げるか」を買い手が試算して逆算します。売り手が「先代が建てた建物だから」と簿価や建築費で考えると、買い手の評価と大きくずれます。
ただし1棟売却には、単体の売却価格以上の効果があります。不採算館を切り離せば、本館の連結損益から赤字が消え、人員を本館に集中できます。将来、本館そのものを売却する、あるいは資本提携を受ける際の企業価値は「EBITDA×倍率」で決まるため、不採算館の赤字がなくなった分だけEBITDAが増え、倍率を掛けた企業価値はその数倍で上がります。遊休資産の売却で固定資産税と維持費が消えれば、同じ効果が生まれます。1棟売却は「いくらで売れるか」だけでなく、「残す本館がいくら高く評価されるようになるか」まで含めて判断するものです。
1棟売却の進め方

権利関係が整理されている施設で6〜9か月、分筆や共有名義の整理が必要な場合は12か月以上が必要だと想定して動きましょう。
まとめ|切り離すことで、残す施設の価値が上がる
複数館を持つ旅館・ホテル法人にとって、不採算館や遊休資産は「持ち続けるコスト」であると同時に、「切り離せば本館の評価を上げる資産」でもあります。2023年の旅館業法改正で事業譲渡でも許可を承継できるようになり、1館単位の売却は実務上も現実的な選択肢になりました。成否を分けるのは、温泉権・分筆・共有名義・遵法性という権利関係の整理と、税務を含めたスキーム設計です。会社ごと売るか続けるかを決める前に、まず自社の施設を「本館」「不採算館」「遊休資産」に分けて、それぞれの価値と維持コストを数字にすることから始めてください。弊社では、館別の企業価値算定と、1棟売却・不動産と運営の分離を含めたスキーム設計に関する個別面談を承っています。ご気軽にご相談ください。
★ 参考にしたURL
https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/001176061.pdf
https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/001176060.pdf
https://www.iwate-navi.jp/8571
https://www.city.suita.osaka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/030/764/05121301.pdf
https://xn--jpr947c4pa245g.com/law/ryokan/hotelma/
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